▶陶芸の街・益子町

2011.02.26

写真栃木県益子町は益子焼で有名な街です。
さすが陶芸の街。益子駅から2キロ以上も陶芸店が道の両側に並んでいます。古くからのたたずまいをそのまま残した店、古風な建物を活かしながらおしゃれに展示された器、伝統とモダンがマッチした店の数々には驚かされました。

その中でもひときわ目を奪われたのは「陶庫」というお店です。古い民家と石蔵のお店に一歩足を踏み入れると、柔らかな光とあたたかな暖炉が迎えてくれます。窓の格子戸から差す自然光を受けた器たち、石蔵のひんやりした中で椿の花を挿した器たち、こんな風に飾られたら器も本望だろうなと思わされる工夫を凝らした展示の数々。どの器も手仕事の温かさ感じられる素朴な風合いですが、配置の仕方や照明の角度によってひとつひとつが際立っていました。
写真「ふだんはこの通りも閑散としているんですよ。いい時にお見えになりましたね」と陶庫のおかみさん。たまたまこの時期『益子の雛めぐり』と称し、104軒もの店舗でオリジナルの「おひな様」が観光客を迎えていました。陶庫では娘さんのおひな様とお孫さんのおひな様、さらに50年以上も前におかみさんが嫁入りの時に着た豪華な打ち掛けなども飾られていて、厳かな空気を醸しだしていました。

すぐ隣に200年以上続く日下田藍染工房がありました。ズラリと並んだ甕(かめ)には藍の染料が張られています。藍は発酵している生き物。甕ごとに微妙に色が違っているのが写真をみて分かるでしょうか?
(文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶白鳥の舞い

2011.02.26

写真茨城県瓜連(うりづら)町にある古徳沼は白鳥越冬地として知られています。シベリアに飛び立つ前の3月中旬頃までオオハクチョウが見られます。
深夜、荷を運ぶトラックに挟まれながら国道50号線をひたすら走り、佐野藤岡ICから高速に乗りました。北関東自動車道の笠間辺りから空が白み始め古徳沼に着く頃はすっかり明るくなっていました。


写真古徳沼は農業用溜め池でそれほど大きな沼ではありません。周辺は住宅地があるものの静かな田園風景。沼の背後は白鳥の白色が映える林に覆われているので、写真愛好家には絶好の撮影ポイントになっているのです。この日ももうすでに20数台のカメラと三脚が並んでいました。
日の出とともに古徳沼に戻ってくるオオハクチョウの着水した瞬間や、大空に飛び立つ瞬間をとらえようと、皆いっせいにカメラを構えます。手前にいた数羽がいよいよ飛び立つというときは、まるでランナーがスタートラインに立つときのように、整然と位置に着き、凛とした空気を感じます。そして羽根を大きくゆったり広げ、力強く、優雅に大空に飛び立ちます。

朝7時頃に役場の人が餌づけにやってきました。パンを投げると白鳥とカモによる餌の奪い合いが始まりました。カモの方がすばしっこく、なかなか餌にありつけない白鳥もいます。両者入り乱れてのはげしいぶつかり合いがくりひろげられ、思わず笑ってしまいました。
(文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶蔵の街・栃木市

2011.02.04

写真地方の疲弊が言われるなか、地方都市の良さをあらためて見つめなおしてみようと言うことで「伝統とまち」をテーマに撮影をスタートしました。

今回は栃木市を訪ねました。「蔵の街」として落ち着いた景観を残すこのまちは国土交通省主催の「美しいまちなみ」大賞を受賞しています。街の中心の「大通り商店街」は東武日光線「栃木駅」からまっすぐ30分〜40分程度で歩ける距離です。通りの両側には商店や物産館、資料館、記念館などの歴史ある白壁の蔵や洋館が立ち並んでいます。広い石畳の歩道は歩きやすくレトロな街灯も趣きがあり、旅人をさりげなく心地よく迎えてくれる、そんな街です。
「蔵の街」として栃木市が発展したのは江戸時代前期のこと。徳川家康のひつぎが日光山へ改葬され、勅使が毎年日光東照宮へ訪れるようになると宿場町として栄えたそうです。

写真通りから少し入ったところを巴波川(うずまがわ)が流れています。この川を使って江戸との交易が盛んになりさまざまな物資が運ばれたそうです。10メートルにも満たない狭い川幅で木材や農産物が運ばれたとは驚きです。川沿いにはかつての豪商の建物が栄華の名残を留めています。現在は良く手入れされた遊歩道になっていて、カモや鯉の泳ぐ様子を眺めながらのんびり歩くのは気持ちいいものです。
この時期の平日の地方都市商店街、閑散としているのではと思いましたが、この街は中高年グループや若いカップルの観光客が結構いて賑わっていました。散策を楽しんだ後、お昼ごはんは「山本有三ふるさと記念館」隣にある「かな半」でいただきました。お手頃価格でとても美味でした。(文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶栄華の街・日光

2011.02.03

写真日光を訪れたこの日は、節分祭で二社一寺(日光東照宮・日光二荒山神社・日光山輪王寺)で豆まきが行われていました。
東照宮表門からの坂道を多くの人が走って押し寄せてきます。何事だろうと思ったら、東照宮の五重塔前広場で行われた節分祭の後、時間をずらして輪王寺で行われる節分祭に駆けつける人たちでした。輪王寺では境内特設舞台からテレビドラマの役者さんたちによる豆まきが行われていました。前の方にいないと、投げられた福豆、お菓子などなかなか届かないのです。お菓子をビニール袋いっぱいにして、うれしそうに歩く親子を多く見かけました。

写真この時期、市内から見える山は雪をかぶり清々しい姿を見せてくれます。東照宮やお土産やさんの鮮やかな色と青空、そして雪山とのコントラストが美しく映えます。
日光駅から東照宮に向かう通りで目につくのは日光名物、湯葉と羊羹のお店です。日光に来るたびに「綿半」という老舗の煉羊羹の店に立ち寄ります。ここの一口塩羊羹は絶品です。大通り店で店番をしているおかみさんは80代とのこと。上品な物腰の方で「元気の秘訣は3食しっかり食べて、くよくよしない。ケセラセラの精神で過ごす事」と話されていました。
(文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶老舗と機織の街・桐生市

2011.01.26

「繭と生糸は日本一」とご当地の上毛かるたで詠われる群馬県。養蚕農家が激減した現在も収繭量は日本一で、その量は全国の4分の1以上を占めているそうです。養蚕と関連して、製糸業と機業が発展してきました。
写真特に桐生市では京都の織物技術を取り入れた専門の機屋が生まれました。明治以降は当時の最先端技術をいち早く導入し、近代的な生産体制を確立することによって、京都の西陣と並び称されるほどの織物の町となったといいます。まさに「桐生は日本のはたどころ」(上毛かるた)だったわけです。

桐生の街を歩くとのこぎり屋根の建物を多く見かけます。大正時代に建てられた旧織物工場で、国の登録有形文化財として保存されています。そのうちのいくつかは、ベーカリーカフェやアーティスト工房として再び話題を集めています。

写真本町通りを歩いていくと様々な街の顔に出会います。随分前から閉まっている店、店。古い作りを活かした店、おしゃれなショップ、古〜いコンクリートアパート、狭い路地とひしめく木造平屋家屋。通りの途中にある「有鄰館」はひときわ歴史を感じさせる建物です。醤油や酒を醸造していた商家の煉瓦蔵群で、現在は多目的スペースとして展示やイベント、コンサートなどに幅広く活用されています。
本町通りに面した浄運寺の並びに伊勢屋さんというお団子屋さんがありました。いろいろな種類の海苔巻きの中から、太巻きやらお団子やらを買っておいしくいただきました。お客さんが次々と訪れていて、地元の人に愛されている味自慢のお店でした。(文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶CHINDON THE FACE(チンドンの面々)

2010.11.07

写真11月7日(日)、前橋中心商店街で「第8回全国アマチュアちんどん競演会in前橋」のパレードがおこなわれました。色とりどりの派手な衣装を身にまとったチンドンの面々がチンドン太鼓や鉦(かね)、サックスやトランペット、三味線などを演奏しながら商店街を練り歩きます。大勢の観客を前にしての元気いっぱいの楽しい演奏に商店街の活気が戻った一日でした。

この競演会は前橋の商店街を盛り上げようと厩橋CHINDON倶楽部の皆さんと前橋中心商店街協同組合が中心になって、毎年11月第1週の土日に行われています。今年で8回目。前日の6日には前橋「元気21」のにぎわいホールで13チームが出演してのコンクールがおこなわれました。

写真そして2日目の今日は街なかの練り歩きです。
プロチンドンの「みどりや」さんは女性ばかりの4人組。目をうばう華やかさと笑顔いっぱいで楽しませてくれます。どこから撮っても絵になるありがたい存在です。
厩橋CHINDON倶楽部の皆さんは10人以上の大所帯。衣装の組み合わせも色のバランスも良く練られていてプロはだしです。毎週練習を欠かさず、数多くの賑やかしをこなして来ている自信と風格を感じます。その他のチームもそれぞれ個性的でこれだけ多くの人が一同に会すると圧倒されます。お天気も良くチンドンの皆さんの笑顔とお色気、真剣なまなざしを撮影できました。(文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶2010年・異常気象の爪痕

2010.09.15

猛暑の影響で今年の稲刈りは大変でした。例年は9月の後半にするのですが、稲が充分育っているというので中旬には稲刈りをやることにしました。しかし天気が定まらず雨の日が続いたため、田んぼの中に水がたまったままの作業となり、コンバインがぬかるみにはまって何度も故障し、機械屋さんの度々のお出ましとなってしまいました。稲刈り後の田んぼはぐちゃぐちゃ。すさまじさを物語っています。近年にない猛暑による影響をファインダーを通して紹介します。(文:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶鳥海山伏流水

2010.08.10

8月10日
撮影スポットの情報を求めて秋田県庁に飛び込みました。職員の人は次々にパンフレットを出して説明してくれて非常に親切。並んでいる棚からこれはと思うものをみんな頂戴してきました。
秋田市内から南下する7号線はゆったり開けていてすばらしく快適な道です。ところがこの国道に沿って高速道路通っているのです。本当に必要なの?と思ってしまいます。

写真にかほ市、鳥海山麓の「中島台レクリエーションの森」にある獅子ヶ鼻湿原を訪ねることにしました。そのブナ原生林の一帯はパンフレットにある通り、「モンスターのように奇形化した異様な樹姿」のブナ林と鳥海山伏流水がもたらす清涼な湧水群が広がっていました。
ブナが奇形化したのは人為によるもの。ブナの木を利用した炭焼きが江戸時代末期から始まり昭和30年代頃まで続いていたそうです。一度伐採したブナが萌芽し成長すると再び伐採し(90年位のサイクルで)、再度萌芽するように何本かは枝を残して切ったことがこの奇形の原因、と遊歩道を整備していた管理事務所の方が教えてくれました。その奇形ブナの代表は「あがりこ大王」。このおもしろい名前の由来は幹が上がったところで子に分かれているから、だそうです。

湿原周遊コースには「出壺」から湧き出た地下水がほとばしり溢れ、自然の冷蔵庫のような清涼感に息をのむ湧水群でした。
(文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶津軽半島・五能線

2010.08.06-08.09
写真 8月6日
白神山地から弘前、青森市を通過して津軽半島の撮影を計画。外ヶ浜町か今別町あたりのキャンプ場をめざして出発しました。
JR津軽線に沿って青森市郊外を北上し、途中の漁港に立ち寄り撮影しました。この日の青森市の最高気温は36.6度。東北の最北端にまできているのにこの暑さはたまりません。後潟漁港、蓬田漁港、蟹田漁港と移動。作業をしている人たちは汗びっしょりで辛そう。ここはホタテ漁の盛んな場所で出荷はほぼ終わったそうで網の片付けをしていました。

木立のある涼しそうなキャンプ場はないものかと思いつつ、最初に着いたのは平舘の「おだいばオートビッレッジ」。きれいなオートキャンプ場になっているけれど道路沿いで、まして午後2時頃だったので異常に暑くとても無理。次に寄った「高野崎キャンプ場」は、津軽海峡を見下ろす高台にあり景色はバツグンですが、風がはげしくテントが吹き飛ばされそうな勢いでここもダメ。次に今別町にある「眺望の森林ウッドパーク」。ここはキャンプサイトに木陰がなくテントもひとつもなく、寂しすぎて無理…ということで、キャンプ場はあきらめ竜飛岬の民宿に予約の電話を入れました。

ようやく予約のとれた民宿は竜飛岬のはずれ、岩山にはさまれるようにして建っていました。家の作りはプレハブ風。すぐ近くの岩壁が工事中で、ドリルの激しい音がよけいに暑さをさそいます。エ〜、まさかここに泊まるの…!?と思うと顔が引きつります。「お風呂はないよ〜。あの高台にたつ温泉はいい風呂だから500円かかるけど行ってみな〜」と主人から玄関先で言われて、丁寧に宿泊を断りました。ホッ。

写真夕方4時過ぎになっていましたが南下しようと出発しました。通称竜泊ラインに乗ると快適な道です。対向車もほとんどない空中ドライブをしばし楽しんだ先には、小泊という小さな港町がありました。町を歩いている人はほとんどいません。庭先で子供を遊ばせていた人に「この辺に民宿ありますか?」と訪ねると、教えてくれたのが「民宿柴崎」。到着が遅かったため夕食はつきませんでした。
こんなに暑い夏は初めてと民宿のおかみさんが言う通り、扇風機をふる回転させましたがなかなか大変な夜でした。しかし、目の前が港で、部屋から見える漁港がすばらしく、明かりを灯したイカ釣り船が次々に帰ってくる様子が旅愁を誘います。演歌の世界だ〜。夜9時頃、めばち漁を終えた大型船が停まり、家族総出で引き揚げた網からめばちを手際よく外していました。

写真8月7日
小泊を後にしてこの日は鯵ヶ沢のキャンプ場をめざします。十三湖では特産のしじみ料理を食べ、五所川原市金木町では太宰治記念館「斜陽館」に立ち寄りました。まさに大地主の豪邸。階下11室、2階8室、文庫蔵・中の蔵・米蔵や庭園を合わせ約680坪の規模を有するそうです。敷地周囲の長大な煉瓦塀など屋敷構え全体がほぼ当時のまま記念館として保存されていて、駐車場には観光バスも止まり大勢の観光客でにぎわっていました。しかし、一歩周辺に足をむけると誰も歩いていない…という地方都市の衰退をここでも感じました。

写真岩木山麓の鯵ヶ沢キャンピングパークは自然環境に恵まれたキャンプ場として全国でも有数の規模と充実した設備をそなえています。広々としていて、木立の配置もよく考えられている美しいオートサイトです。県内の子供会のグループが賑やかにカレーを作ったり、スイカ割をしていました。子供の声はいいものです。


写真8月9日
鯵ヶ沢から五能線に沿って南下します。あいにくの雨模様。日が差してしるかと思うと激しく降り出し、また止んでとめまぐるしく変わります。陸奥明石駅で電車の時間を調べた後、千畳敷海岸に来る頃は本降り。五能線の撮影スポットを求めて、高台に上がったり下がったりウロウロ。道沿いの駐在所に寄っておまわりさんにいいとこないかと聞くと、もう少しいったところにJRの時刻表の表紙に採用された場所があると教えてもらいました。電車が2時間に1本くらいしか無いので待つこと30分。やっと来ました。

この日は秋田市内に泊まり、居酒屋で思い切り飲み食いすることにしました。まるで山のキャンプ場での粗食を取り戻すかのように。ところが秋田市内の歓楽街はあやしげな客引きの黒服姿の人があちこちにいて、店も目移りがしてなかなか選べません。老舗はいかにも高そうですし。明朗会計そうなお店を選んで入りました。お客が多く非常に賑やか。随分待たされてきりたんぽ鍋と比内地鶏焼き鳥、稲庭うどんを食べて帰ってきました。 (文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶世界自然遺産・白神山地

2010.08.03-08.05

写真白神山地の撮影は、西目屋村にあるアクアグリーンビレッジANMONのキャンプ場を拠点にしました。西目屋村までは弘前から30分程で行けるのですが、キャンプ場まではさらにダム沿いの狭い山道を走ること30分。広い敷地にレストランや温泉のあるセンターハウスと、コテージ、キャンプ場などを完備するアクアグリーンビレッジANMONがあります。
事前に電話で「今年はアブが大発生している」と聞いていたため、アブ退治用のハッカ油や網付き帽子を用意し準備万端です。テントを張っていると、大きいのから小さいのまでぶんぶん飛んできます。ここでの3日間。大丈夫かな〜。

この周辺の白神山地散策コースは「暗門の滝歩道」、「暗門ブナ林散策道」、「マザーツリー見学」、「ブナ巨木ふれあいの径」、「高倉森自然観察歩道」などがあります。

8月3日はマザーツリーとブナ巨木の撮影へ。
センターハウスから津軽峠までは、舗装されていない道を車で走ること30分。樹齢400年といわれるブナの巨木に出会えます。大人が3〜4人で手を広げてやっと届くくらいの幹回りのこの木は白神のシンボル的存在として「マザーツリー」と呼ばれています。また、その周辺には樹齢300年級の巨木がたくさん見られます。撮影も順調。白神山地初日ということもあり、夜はカレーライスとお酒で。

写真8月4日は「暗門の滝」へ。
グリーンビレッジから往復2時間程で行ける為、多くの観光客で賑わっています。その日もテレビ東京の「いい旅夢気分」の取材クルーが梅沢富美雄夫妻を伴って撮影中でした。
コース入口にブナ原生林から湧き出ている水飲み場があり、水筒をいっぱいにして出発です。雨上がりの朝ということもあり、もやがかかった幻想的な風景と渓流の美しさが際立っていました。気分よく撮影も快調でした。ところが、帰りはお腹がすいてフラフラになりながらやっとグリーンビレッジにたどり着きました。撮影をしながらの歩きのため、2倍近い時間がかかっていたのです。慣れないキャンプ生活とアウトドア料理。今朝はおかゆと佃煮程度の簡単なおかずだけだったんです。ガス欠です。あ〜あ、先が思いやられる。

隣のサイトでは夏の自然学校の子供たちが数十人、インストラクターの指導のもとテント生活をしながら、川遊びなどの自然体験をしていました。その中に風格のある素敵な初老の男性がいます。話を聞くと、この方は地元に住む現役のマタギの工藤光治さんでした。白神で10代の頃からマタギをやってきて白神を知り尽くしている工藤さん。その言葉の端々に厳しい自然に立ち向かってきた方独特のやさしさと白神を愛する思いを感じました。

写真この日の夜。…澄み切った空は満天の星。これ程の天の川を見たのは初めて。あまりの美しさに感動と同時に畏怖の念を抱きました。昔の人は毎日こんな夜空をみていたのかな〜。

8月5日は「高倉森」へ。
再び津軽峠へ。車を止めてこの日は約4キロのトレッキングです。距離はたいしたことありませんが、ぬかるんだ道と誰も歩いていないクマがでそうなコースには閉口しました。何となくクマが隠れていそうなんです。だから、ずっと大声で話をしたりへたな歌を歌ったりしながら歩きました。下る途中でやっと若者がひとり登ってきたのですが、彼の足元は泥でぐちゃぐちゃ。なんせサンダル履きですから。パンフレットには白神山地を知るのに最適の場所とか、スケールの大きさを確認できるコースとか書かれてありますが、私にとっては別の意味で思い出深いトッレキングとなりました。
(文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶弘前・弘前ねぷた祭り

2010.08.01

写真8月1日、高速道路休日割引を使って1000円で前橋から弘前まで一気にやってきました。
ラッキーなことに弘前ねぷた祭りの初日。夜7時から運行スタートとのことで、急いで市内中心部の土手町コースに行くと人、人、人!!いったいどこからこんなに集まってくるの??しばらくすると来ました来ました。すご〜い。こんなに大きいと思わなかったよ。次々とたくさんの山車が。ウワ〜。どの山車もお金かけてる〜。ただただ驚きです。今年は過去最多の84団体が参加したそうです。

例年8月1日から7日にかけて行われ、町会単位でのねぷたが多いのですが、近年は任意に仲間たちが集まって参加しているグループねぷたが増加傾向にあるそうです。
大勢の市民の「ヤーヤドー」の掛け声、知り合いの山車が来るとひと際歓声があがります。保育園やスポーツ団体などの参加も見られ、小さな子供たちが両親に連れられ一緒に綱を引く姿を見ると、この先もこの祭りは安泰だなと思います。
祭りの準備が本格的になってくると、仕事も家族もそっちのけでねぷたに没頭してしまう「ねぷたバカ」という人たちも多数出現するのだそうです。うなずけます。
扇ねぷたに描かれた絵が素晴らしく、オモテ面は鏡絵といい、三国志、水滸伝などの勇壮な武者絵が描かれ、ウラ面は見送り絵といい、唐美人や西王母、楽女のような優美な女性が描かれているのだそうです。

弘前のねぷたが「neputa」であるのに対し、青森のねぶたは、「nebuta」。弘前ねぷたは1日開始なのに対し、青森ねぶたは2日開始であるのは、弘前は「出陣」で、青森は「凱旋」であるためで、順序は青森が弘前の後になる、と言われているのだそうです。
祭りもいよいよ佳境に入ろうとする頃、出店のビールや焼きそば、焼きホタテ、ワッフル等おいしくいただきました。(文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶足尾銅山

2009.04.05/2007.12.23

写真江戸時代に発見され、かつては日本一の銅産出量を誇った栃木県の「足尾銅山」。「日本の公害の原点」といわれる渡良瀬川やその下流域の鉱毒事件を引き起こし、昭和48年に銅山開発の歴史に幕を閉じました。現在は一部の工場で細々と銅の再生だけが行われています。
町内には製錬所跡や廃坑跡や廃屋があちこちに残っています。わたらせ渓谷鉄道の終点「間藤駅」から製錬所跡地に向かって歩いていった右手上に「深沢地区」があります。ここはかつて足尾銅山で働いていた人々の社宅でしたが現在は廃屋になって残っています。
さらに歩くこと数分で製錬所跡に着きます。初めて見た時は圧倒的な廃墟の存在感に“まさに時がここだけ止まっている”という感覚でした。どれほど多くの人がここで汗を流し、家族との団らんがあったのでしょうか。 (文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶天王桜

2009.04.26

写真片品村花咲に樹齢300年の天王桜があります。高さ10m、幹回り5.2m、枝幅17mのオオヤマザクラ、山あいの畑の真ん中に一本みごとに咲いているのです。花はピンク色でやや強く小粒、幹の太さや苔むした感じが味わいがあります。見る方角によって枝振りや花の咲き具合が変わっているのもおもしろいところです。根元には小さな祠があります。
花咲へは沼田から国道120号を日光方面に進み、吹割の滝を過ぎ平川の信号を左折するコースと、川場村から背嶺(花咲)峠を越えて入る道があります。県道から少し入った所にありますが案内標識が出ているのですぐわかります。開花時期は大勢の人で賑わいます。人の入らない写真を撮るのはなかなかむずかしいのです。
近くには温泉「花咲の湯」があります。ゆったりとしたきれいな温泉でレストラン、大広間、ガーデンなども充実しています。(文と写真:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

▶成人式の日に

2009.01.15

朝早くから美容室でヘアメイク、着付けと慣れない着物姿に悪戦苦闘のようでしたが、市民会館での式典の前に撮影をスタート。およそ1時間ほどかけ、人工の建築物や歴史的な建物を背景に充実した撮影ができました。 (文:hasegawa)  PhotoPhoto一覧

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